読書と宗教
友人のブログを読んでいてふと思い出したのですが。
本にかかわる仕事をしていると、あまり本に興味がない人から、「読書で人生変わりますか?」と聞かれることがある。読書が変えるのではなくて、読む自分が変わることでしかない、と思う。なにかに期待することは、なにかに依存することでもある。依存に気づきつつも、まずはどっぷりとそこにつかる、はまる。一度は「いいなり」になってみる。いいなり読書。読むといい、と言われた本は何でも読んでみる。そこから、自分なりにいい本とそうではない本が、感覚的にわかってくる。読書は、ある種の毒をもつ。その毒を含めて飲み込んだあとに、すこし違う世界が見える。まずは、本に浸かってみる。大切なのは、浸かった(読んだ)ときの感覚を忘れないこと。
この読書観って結構昔師匠が言っていた宗教観にも通ずるところがあるなあと思い。宗教には依存してはならないわけだけど、依存せずに信じるとはどういうことかというところ。読書も宗教も、人が生きていくために必要不可欠なものではないけれど、人が人らしく生きていくために必要なものだとは思う。
僕自身は宗教は信じていないんですが、ある意味の「先達信仰」みたいなものはありますね。感謝とか尊敬の上位に存するものとして。読書は大好きです。流れのままに言葉の潮に浮遊している感覚は気持ちが良い。
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コメント
読書ってある意味で信仰ですよね。
見た目はそうではなくても、
その人の言葉にあおられ、流され、
依存している、ということに気づくと
少し読み方が変わる。
ひとは科学というロジックで生活しつつ、
宗教という信仰に流されたい、依存したい
という気持ちもある、というのは吉本隆明さんの言。その言を「信」ととる、自分。
投稿者: そうた | 2008年11月14日 19:16
どもです。
「頼らずとも信じる」というのは、
なかなか大事なことだということを、
思い出させてもらいました。
感謝多謝。
投稿者: 加藤康祐 | 2008年11月14日 21:30